プロフィール

はじめまして、ブログ管理人のritsuと言います。

このブログでは、「セミリタイアを目指す」というタイトルの通り、

私が自らの経験から得た教訓をもとに、

セミリタイアを目指す方々に向けて情報を発信していきます。

私は、過去にさまざまな挫折と失敗を経験しました。

そこで私自身の歩みを並べました。

これまでの歩み①(高校時代)

私は高校受験で志望していた高校に落ち志望していない高校に入学しました。

高校生活では志望していない高校だった事もあり、徐々に塞ぎ込むようになります。

勉強も部活もやる気が起きず授業もなんとなく聞いているだけ。

友人も自分から作らず次第に高校生活を送る中でクラスメイトからイジメを受ける事になります。

具体的には無視されたり・悪口を言われたりされました。

正直イジメをしてきた連中に仕返しをする為に、やり返すまたは不良グループに入って仕返しをするなど

考えた事もありましたが小心者の自分には到底できないと思い仕返しをすることはありませんでした。

ただ耐え続け高校生活が早く終わって欲しいと思っていました。

高校生活は嫌な思いでしかありませんでしたが、そんな環境を打破したく

大学受験では知り合いのいない県外の大学を志望します。

但し県外の大学に進学するために親からの条件としては

  • 国公立大学しか資金的に援助できない
  • 私立大学ならば自分で学費を稼ぐか奨学金を借りなさい

という条件がありました。

そのため当時の高校3年の夏くらいから受験勉強を始めました。

それまでテストで赤点ギリギリだった私に国公立大学の受験はハードでした。

しかし今の環境を打破したい思いと、それまでどうしようもない高校生活を送っていた私にとって

始めて打ち込む何かが見つかり自分なりに必死に猛勉強をします。

そして何とか山陰地方にある公立大学に受かります。

何故その大学に入学したかと言えば、私の学力ではそれ以上の大学に受かる学力がなかったからです(笑)

これまでの歩み②(大学時代)

その大学では総合政策学部と言って、私はメインで社会学・経済学を学びます。

また周りには知り合いが誰もいない状況でしたが、それは同級生も同じです。

入学した同級生の9割が県外出身者でした。

そして私が入学した動機の本心は

イジメられた高校生活とは決別し大学という学生時代最後の生活を新たな地で楽しく送りたい

と言うのが動機でしたから、周りに知り合いが誰もいない状況は好都合でした。

高校時代にイジメられていた経験からまたイジメられたり、悪口を言われるかもしれないと内心思いながらも

イジメられる自分にも原因があるのだ、自分から行動せねばと思い

自ら当時の同級生に積極的に声をかけます。それは功を奏し同級生と分け隔てなく接する事ができました。

大学生活は学業にアルバイト・サークル活動にと楽しく過ごす事ができました。

ただし就職活動において地元で就職できるような環境ではなく

卒業後の就職先としては都会(関東圏・関西圏)に出ていく人が大半です。

実際私自身も東京・大阪・名古屋を中心として就職活動をしていました。

具体的には東京には夜行バスに乗って、大阪には朝6時から11時頃まで高速バスに乗って

志望していた企業に行く形です。当然交通費や場合によっては宿泊費もありましたが

その費用はアルバイトで捻出していました。

私自身、就職活動で70社程度エントリーをしましたが、全て不採用となりました。

当時は2004年で時代背景として就職氷河期後期ではありました。

但し70社程落ちるという事はその回数だけ企業から不採用通知がくるわけですので、

大学生でしかない自分には人格を否定されている気分となり非常に辛い気持ちでした。

まるで自分は社会に必要とされていないのでは?と自分の人格を疑う事もありました。

また同級生が内定通知をもらったのを知ると、同級生への嫉妬心と自分への焦りが生じます。

正直フリーターや就職浪人も覚悟した私でしたが、2004年の11月末に一社内定をもらう事ができます。

安堵の気持ちでいっぱいの私は内定先の会社を調べもせずにその会社に入社することを決意します。

これまでの歩み③(㊗ブラック企業入社)

新卒で入社した会社は長時間労働・休日が週1日の典型的なブラック企業でした。

その年に入社した新卒は私一人で、不思議だったのですが当時働いていた先輩から聞いた話では

その前年は新卒15人とその会社の規模からすると大量採用に踏み切ったが1年後に残った社員は

1人しかおらず、会社側はそれを教訓として次の年の採用では最少人数にしたのだとか。

業界としては教育業界で塾の営業をしていたのですが、

毎月厳しいノルマを課せられノルマ未達だと上司から容赦なく罵声

や怒号を何時間も浴びせされそれが夜中まで続きました。

そんな環境でしたから、心身を壊し辞めていく社員も多くいました。

私自身も長時間労働や厳しいノルマに耐えられず1年で退職を決意します。

当時はストレスから欲しくもないブランド品や風俗店にお金を浪費しており

会社を辞めたとき貯金が1万円しかありませんでした。

幸いブランクなく次の会社に入社することができた上に、実家から通える会社なので

良かったですが初給料までの間1万円で生活をしていたことは今でも覚えています。

これまでの歩み④(貯金をしてからまた人生のどん底に落ちるまで)

次の会社に入社してからは、まずお金を貯めようと思いました。

当時そこまで節約をしていた訳ではないですが、実家暮らしで独身ならば今のうちに貯めておけば

将来の結婚費用や失業してもある程度のセーフティーネットになると考え約4年で500万を貯める事が

できます。但し前のブラック企業程ではなかったにせよ、長時間労働をしていた関係で、

この働き方が続くと年齢を重ねればいつか無理が来ると思っていました。

そのためお金にも働いてもらおうという考えから、投資や副業に興味を持つようになります。

そのとき27歳でした。しかし当時無知な私はSNS(当時はmixi)で知り合った人物にお金を預けてしまい

投資詐欺に遭います。上手く口車に載せられました。

  • 元本保証
  • 預けた金額によって月利が変わる
  • 日本の将来を考えると投資をしない人間は馬鹿
  • 凄腕トレーダーがチームを組んでいるのでトータルでは必ず負けない

など甘い言葉に負けてしまい私はその人物に貯金の全額約500万を預けてしまいます。

1年間配当名目で振り込みがありましたがちょうど1年後に振込がされなくなりました。

結果として約350万のお金を失いました。今思うと典型的な「ポンジスキーム」でした。

またその人物とは連絡がつかず、住んでいたタワーマンションからもいなくなりました。

私以外にも騙された被害者はいて、後にその人物は「出資法違反」で警察に逮捕されます。

新聞やニュースにも出ていました。全国435人から約25億円を集めていたとの事。

私もその被害に遭った一人です。

当然詐欺に遭った350万は戻らずに泣き寝入りする形となります。

丁度詐欺に遭ったタイミングで副業と称して「ニュースキン」というネットワークビジネスを行いました。

これもSNSで飲み会イベントに参加し、そこで出会った人物から勧誘され始めた形となります。

「不労所得」という甘い言葉に釣られて始めた形となりますが

ネットワークビジネスの活動では会員登録や商品購入などで約30万を失いました。

また金銭的には30万でしたが、ネットワークビジネスで1カ月活動していたときに、身近な人を勧誘し

結果として友人・知人・当時の恋人さえも失いました。

自業自得とは言え自分の行いを悔いました。

1カ月やって「不労所得」どころか、お金や大切な人を失うだけと痛感した私は

ネットワークビジネスを辞めます。

所属していたグループや会員メンバーとは揉めましたが、辞める事を貫き通した私は会員たちとも

一切の関係を断つと共に「ニュースキン」を辞める事ができました。

「ニュースキン」を辞めた直後は少し晴れ晴れとした気分になっていましたが、悪い事は重なるもの。

ニュースキンを辞めた次の日に会社の複数の社員から上司に

私の普段の他の社員との接し方が横柄だ。パワハラだ。などと言われたのをきっかけに

会社内でのいざこざが始まります。

結局上司から言われたのが、今後もここで働くなら全員に謝罪しろ。それで今回はまとめておくから。

と言われ小さい会社ですが、全員の前で謝罪をします。本意ではありませんでしたが。

その後段々と仕事のミスが続き、上司に叱責された私は、自分を責めます。

睡眠時間は減り、自殺願望を芽生える様になりました。

まずいと思った私は病院に行ったら「うつ病」と診断されその後1カ月休職する事になります。

これまでの歩み⑤(休職後から再出発)

休職中は正直仕事を辞めたくて仕方ありませんでした。

しかし当時は投資詐欺・ネットワークビジネスでお金を失っていて

当時貯金は約100万円でした。

100万では仕事を辞めてもすぐに貯金が底をつくのは目に見えていました。

幸いにもうつ病は軽症で1カ月で復職できました。

復職した直後は、仕事をしながら転職活動をしていましたがまたもや10社程全滅。

当時は29歳で自分の能力のなさに意気消沈します。

しかし幸いにも正社員として組織に属していたので、現職で再び頑張るしかない消去法ではありますが

決意が固まりました。

様々な不安はありましたが、目の前の仕事に全力で取り組む事で不安を忘れようと決意します。

会社のギクシャクした人間関係も受け入れ、苦手な仕事も引き受け長時間労働も厭わず働きました。

私生活では節制に励み約3年半で100万から1000万の貯金をすることができました。

これまでの歩み⑥(投資をはじめる)

1000万の貯金ができた訳ですが、この貯金は現金のみで貯めた金額となります。

当時32歳だった私は貯金だけでは

  • インフレリスク
  • 長生きリスク(老後の生活等)
  • 失業した際のセーフティーネット

これらのリスクに応じる事が難しいと感じ投資を自分の手で始めようと決めます。

始めた投資としては

  1. FXや株の信用取引などの短期トレード
  2. 全世界株やS&P500へのインデックス投資や米国連続高配当株(コカ・コーラ・ジョンソンエンドジョンソン・P&G・エクソンモービル等)への投資

を同時に行いました。

自分の腹積もりでは短期トレードで得た資金を定期的に出金し

長期投資に充てるという皮算用を描いていました。

しかし現実は甘くなく、実際には短期トレードでは3年で約250万の損失を出す羽目となりました。

短期トレードでは何度も投じた資金を溶かしましたし、仮に一時期うまくいったとしても負けが込むと

熱くなって取り戻そうとし、ギャンブル的にトレードをしていました。

結果は市場から何度も退場をします。

何度も同じ失敗をする自分には短期トレードの資質がそもそもないと3年やって思い知らされま。

短期トレードを辞めたときは曲がりなりにも費やした時間と労力とお金が全て無駄になったと思い

自暴自棄になりそうでしたが、長期投資での資産は増えていて全体の資産としてはプラスとなっていました。

そのときに投資において重要なのは長期・時間・分散であることの重要性を認識した私は長期投資のみに

投資を絞る決意をします。

同時に長期投資のポイントとして入金力を高める事が重要とも思いました。

しかし本業の給与はなかなか伸びず、業界が出版業界でしたから

これから爆発的に伸びる産業ではありません。

むしろ斜陽産業で売り上げが下がっていく事は目に見えていましたし、売り上げが下がる中で

社員の給与が伸びる見込みはありません。横這いか社会保険や税金の控除を考えると実質手取りは

下がる見込みが高いです。

転職も以前ダメでしたし当時は36歳。未経験で対したスキルもない36歳を採用するお人よし

企業はあるでしょうか?そう考えた場合、収入を上げるならば副業しかありませんでした。

私が選んだのは初期費用があまりかからない「ブログ」を選びました。

約1年半で200記事を投稿しましたが、安定した収益には至りませんでした。

但しブログは稼げなくても文章を書くなどメリットはあります。

今後も細々と続けていこうと思います。

それ以外にも「せどり」などに挑戦しましたが上手くいきませんでした。

丁度その頃ウーバーイーツが日本でサービスを開始したというのを聞き、

これならば自分でもできるかもと思いました。

但し、自分が住んでいた地域にはウーバーイーツが浸透しておらず少なくとも私が住んでいた地域では

名古屋まで出ないと活動できませんでした。

これまでの歩み⑦(一人暮らしはじめる)

ウーバーイーツ配達をしたかった私は名古屋に出て一人暮らしを始めます。

一人暮らしを始めたのは2020年2月からでした。

その直後にコロナ感染が猛威を振るい日本全国で緊急事態宣言が発動された時期でした。

当時の株価は暴落し自分の資産も約2000万から1700万まで目減りしました。

しかし私は逆にチャンスではないかと思い、インデックス投資や米国個別株に追加で投資をします。

また副業でウーバーイーツ配達を行いました。

平日は仕事終わりに、休日はほとんどの時間を割いてウーバーイーツ配達を行いました。

そこで稼いだお金や節約生活で貯めたお金を長期投資に回しました。

それから約4年で約1700万→約4250万の資産を構築できました。

これは負債のない純資産となります。

まとめ

今後の目標としてはセミリタイアできる資産を形成(6000万程)しセミリタイアをすることが今の目標です。

このプロフィールを書いている時点で41歳となりますが、20代・30代は仕事に費やす時間が多く自分の時間は

ほとんどありませんでした。

これからの人生を考えた場合、今まで通りの人生を送る事に疑問を感じています。

仕事が楽しければいいですが、決して楽ではありませんでした。

そういった思考の土台にあるのは築き上げてきた金融資産です。

資産が増えれば増える程、自分の人生の選択肢と心の余裕を生み出す事ができます。

随分と長くなりましたが最後にこのブログのコンセプトとして

  1. セミリタイアをするために必要な事
  2. 失敗を通じて学んだ事
  3. 自分の体験談

これら3つをメインに派生した内容を投稿していきます。

特に2の失敗通じて学んだ事が今の自分に生きていますし、身を持って体験したからこそ

同じような失敗をしないで欲しいと思います。

誰しも失敗は嫌なものです。世の中には成功談や上手くいった事が書店や映画では並べられています。

しかし失敗談はあまり語られません。

但し失敗を真正面から逃げずに捉えられれば時間はかかっても人は立ち上がれますし変われます。

また私よりも大きな失敗をした人も多く存在します。

そういった体験は本当に貴重ですので、赤裸々に私の失敗を語ろうと思った所存です。

長い文章にお付き合いい頂きありがとうございました。